リレー小説第一話
1.『冷多井 雪』

俺の名は熱井血士雄(あつい ちしお)

つばの割れた学帽がトレードマークのちょっとニヒルな番長だ。

腕っぷしに関しちゃ日本一だ。これは間違いない。
頭の方も日本一だろう。……ただし、悪い方にな。
ま、そんなことはどうでも良い。

オレは今、旅をしている。
何故って?
ふっ、それは訊いてくれるな。
一つだけ言うなら、漢には決して譲っちゃいけねぇものがあるんだ。
それだけの事さ。


夕日の映る川べりの道を、オレはひたすら歩く。
特に何処へ行くわけでもない。

ただ、なんとなくこの川の続く先を見てみたくなっただけだ。


しばらく歩くと、不意に視界に二つの影が見えた。
その影は、まるでオレの行く手を阻むかのように目の前に立ちふさがっている。

一人はピンクのモヒカンで目の回りに星形のペイントをしたひょろ長。
もう一人はスキンヘッドに稲妻のタトゥーで顔中至るところにピアスをしているデブ。

対照的な二人だが、どちらも今時はやらない鎖や錨だらけの革のジャケットを着て、
猿が見ても笑ってしまうようないやらしい薄笑いを浮かべていた。

「おめぇ〜、熱井だなぁ?」
モヒカン男の方が尋ねてきた。
その際、わざと上体をそらして無理矢理オレを見下すような姿勢になった。
ちなみに背はオレの方が高い。
ハッキリ言って辛そうだったが、あえて何も言わないことにした。

「ち〜と面貸せや?」デブの方が続けて言う。
なぜ命令形に疑問符を付けるのだろうか?
一体どういう意味になるのか考えてみたが、サッパリ判らなかった。

仕方がないので、オレはそいつらの前で立ち止まる。

ちょっと立ち止まるのが遅かったのか、ほぼ密着状態になってしまった。
その為、モヒカンはさらに体を反らす羽目になって、もはや限界が近いようだった。
足がプルプルと震えている。……かわいそうに。
しかし、モヒカンは一所懸命余裕のあるところを見せようとして言った。

「べ、別にな、び、ビビって震えてるワケじゃねぇぞっ!!」
そんなこといちいち言わなくても、赤ん坊だって判る。
さすがにデブの方も、そろそろ止めればいいのに……という顔になっていた。
それでも賢明にメンチを切るモヒカン。もはやその姿は感動的ですらある。


デブももはや突っ込むのを諦め、一緒にメンチを切ることにしたらしい。
脂肪に邪魔されて曲がらない体を懸命に反らす。ちなみにこいつはモヒカンより背が低い。
その苦労や如何ほどのものであろうか…………意外と友達思いの良い奴である。
オレもその友情に敬意を表することにした。

腰溜めに構え、二人を見据える。そして突き出した拳と共に一気に気を放つ。

「喧嘩上等流最終奥義裏式 我王咆吼複龍破っ!!」

ドゴォォォォォッ!!

轟音と共に竜巻のような気の奔流がほとばしり、二人に襲いかかる。
そしてあっさり吹き飛ばされた二人はアンドロメダ星雲の住人になった。きっと。
吹き飛ばされる間際「いきなり最終技かよっ!?」と三村風のツッコミが聞こえたが
気にしないことにした。

やがて訪れる静寂。その中でオレはただ一人立っている。

だが、オレは今の技の影響で立っているだけでやっとだった。

我王咆吼複龍破は自らが持つ気の全てを放つ技だ。放った後はしばらく立てない。

だったらなんで明らかな雑魚相手に使うのか?と思うかも知れない。
俺も思う。
だが、それが漢のあり方なのだから仕方ない。漢は敬意を払う相手には手加減してはいけないのだ。

オレはその場に崩れ落ちるように座り込んだ。



と、その時。不意に背後に気配を感じた。
振り返ると一人の女が拍手をしながらこちらへ近づいて来るところだった。

そう、あの女が……。

「トレビアン…!!」

ぱちぱちぱち…。


俺のすぐ後ろで立ち止まった女が言う。

「誰だお前は」

体中が痛むので首だけ振り返ってそいつを見上げる。どうやらこいつはおれに用事があるようだ。
紺色のブレザーはどこかの制服だろうか。
つり目の上に、銀色に光るフレームの眼鏡をかけ、長い髪が夕日にたなびいている。
逆行で表情はよく見えないが、左腕にまかれた『黄色い腕章』が目に付く。
ぱちぱちぱち…
「私は『広域風紀委員』…!冷多井 雪(つめたい ゆき)。」
…何故こいつは拍手をしながら悠長に自己紹介しているのだろう。
器用な奴だ。
そもそも人に話を聞かせるときは拍手は止めるべきじゃないかと思ったが、気にしないことにした。


「すばらしい強さね、熱井血士雄」

…どうやらこいつは俺の名前を知っているようだ。

「でも、貴方は今、大変に風紀を乱しています。」

…まあ無理もない…ここまで旅をしてきて、さっきのような輩を何人も母なる宇宙へ移民させてきたのだから、時々こういうやつもいるのだ。日常茶飯事といっていい。

「髪型違反、服装違反の甚だしい…、」

…なぜなら俺は強い。限りなく強い。宇宙最強といっても過言ではない。

「特に『なぜか髪の毛と一体化した改造学帽』、『加速装置付きの鉄下駄』の着用は重罪に値します。」

…そしてこの名は今や全国にとどろいているのだろう。

「これでもし葉っぱでもくわえていたら、即刻死刑になるところね」

…いずれはこの日本全国が、厭が応にも俺を中心にまわる事になるだろう。

「日本全国高校同盟法規・第43条により、貴方を本部まで連行します。」

…その時こそ、俺の、誰にも譲れないあの目的が成し遂げられるのだ。うんうん。

「…って聞いてなかったのかよ!!」

どすっ。

最終奥義で疲弊しきって、何も考えられないでいた俺の頭に、
すばらしい角度で雪とかいうヤツの「裏拳」が入った。

「イヤ正拳突きだしっ!!!」
!!
こっ…この三村流のツッコミは…!!
そうか…さっきの二人組もこいつとグルだったのか…
俺はうすれゆく意識の中でそんなことを考えていた…。

……


 再び目を覚ましたのは、それから何時間後なのだろうか。
俺は不覚にも捕まってしまったらしい…。


どこかの牢屋。


鉄格子はそう簡単に破れそうにない。
暗くて臭くて汚い、いわゆる3Kというやつだ。
そう言えば、3LDKという言葉を聞いたことがあるが、あれはココより非道い環境なのだろうか。
などとこの牢屋からの脱出方法について考えていると、

…思い出した…!そう言えば『アレ』を持っていたのだ。
『アレ』を使えばこの牢屋から抜け出す事が出来る。俺はポケットをまさぐった。



俺の装備は、『なぜか髪の毛と一体化した改造学帽』、『加速装置付きの鉄下駄』だけでは無い。

 そう、俺の素晴らしい制服には、四次元○ケット(もろぱくり)が付いているのだった。
 俺は、俺の制服に付いている「四次元」なポケットをまさぐり、そして、どこでもドアを取り出した。

が、どこでもドアはでかすぎて、3Kな牢屋の中では半分しか、ポケットから出す事は出来なかった。

 「ちくしょう!!」
 俺はそう言い捨てると、何か別の手は無いかと、ポケットを再びまさぐった。
 こんな事をしていると、あの女、冷多井 雪の手下が見回りに来てしまう。
 俺はあせり、そして…

「・・・よしッ!」


俺のポケットには細いヘアピンが入っていた。
漢の俺が何故そんなものを持っているのか、なんてツッコミはなしだぜ。

俺は早速そのヘアピンを鉄格子にかけられている錠前の鍵穴に差し込んだ。
カチャカチャとしばらく苦戦していると足音が近づいてきた。
俺はあわてて作業をやめて鉄格子に背を向けて寝そべった。

「もう、気がついているのでしょう?」
案の定、
足音の主は冷多井だった。

――ピッキングの練習でもしとけばよかったぜ・・・(犯罪)
己の腕の未熟さに心で歯を食いしばり、俺は体を起こした。
「一体、俺をどうするつもりだ?」
俺の言葉に冷多井は何か企んでいるような、嫌な笑みを浮かべた・・・



「どうなるかはあなた次第よ」
冷多井は言い続ける。

「あなたその風紀の乱れに対する処罰、それをどのようなものにするか。
あなたがそこでへばってる間に会議が行われてたんだけど、いっこうに決まらなかったの。
だから、風紀委員刑法24条3項未決定の場合の処置として、あなたをあそこに送ることになったわ。」

あそこ…?なんだかよくわからんが、この場所の構造がわからん以上、下手に逃げるのはヤバイ。
『送る』というのだから、死ぬということもないだろう。ここは従うのが無難だな……。

「好きにしな。」

俺がそう言うやいなや、冷多井の部下が俺に目隠しをする。

はてさて、俺はどこに連れていかれるのか……。


………
どこからかダース・ベーダーのテーマが流れた後に、俺は奴の部下の目隠しを受け。
・・・そしてどうやら、車に乗せられた様だ。

『・・・・・・』

そして車は延々、数十分に渡って走り続けた。
悔しいながらに、その車に揺られている間はとても快適な物だった。
風紀に、どうしてこんな上等な車が必要なのかは計り知れぬ物はあったのだが。

『・・・・・・・・・・・・』


俺はしびれを切らして、足踏みをしていると・・・どうやら冷多井が乗って
いたらしく、座席前部から反応があった。
しかしながら、反応があった事に対して、不覚ながらも
俺は安堵の溜息を漏らしてしまった。くそ。俺としたことが。


『そうね・・・あと40・・・分くらいかしら。何しろ、深いのでね・・・』
『・・・・・・深い?』
俺は聞きなれぬ形容詞・・・少なくともこの場合は、だが・・・それをを聞こうと・・・そして、反論をする前に俺はその耳を塞がれる事となる。
『そうよ、とても深い所・・・何者も、還り得ぬ場所・・・あなたには・・・あそこに行ってもらうの・・・』
『くっ・・・!?』
『ナンシー。』
『Yes Boss』
冷多井が何者かに・・・恐らくは俺の隣りにいるだろう女性に向かって
声を上げると、その女性は何かをごそごそとまさぐり、俺の耳にかける。
『大人しくしてて頂戴。直ぐ、着くわ・・・』
『・・・・・・!!』
そして耳から聞こえてくるのは、
『ぐぇ・・・』
朝礼一式、LongLongヴァージョンだった。



 ヘッドホンから流れる説教は、どこか洗脳じみた、退屈なモノだった。
日々の行いとか、思想と言った、とんでもなくどうでもいいことを、老人がせつせつと語っている。

おれを護送しているこいつら『風紀委員』は、毎日こんなモノを聞いているのだろうか。
だとしたら見上げた根性だ。
俺なんか「はみだし者」が聞くと、まるで眠り薬でしかないのに。


たとえこのあと、逃れることが出来ても、「これ」が有り難く聞こえないウチは、
俺はこいつら、『風紀委員』に狙われ続ける事になるのだろうな。

…。

耳がつんとして、厭な気持ちになった。あくびでもでないかと口をぱくぱくしているところに、
冷多井の声が聞こえて車は停まった。
ヘッドホンが外される。

「着いたわ。降りなさい」

俺はナンシーと名乗る女に車から降ろされる。向こうのドアからは冷多井が降りたようだ。


「ボス…あのテープって、なんかつまんないデスよね。私眠くなっちゃうデスよ」
「ナンシー、それは私も120%同意するけど、今はレベルD任務中よ。」
「ソーリー、ボス」
………………。
「やっぱり眠くなるのかよッ!」
はっ!しまった!!三村流ツッコミがこの俺に伝染している!!
……


車から降りてしばらく歩かされる。どうも歩きにくいが、一応舗装されているのか、
目隠しでも転ぶと言うことはなかった。
まだ夏の終わりだというのにずいぶんとひんやりとしたところだ。
「ここよ」
立ち止まった冷多井が俺の目隠しを外す…。


「!!こっ…ここは…!」




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